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大阪地方裁判所 昭和28年(行)48号 判決

原告 西口もん

被告 労働保険審査会

訴訟代理人 原矢八 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「昭和二十八年五月二十日附でなした西口正次死亡災害の保険給付に関し大阪労働者災害保障保険審査会の為した審査決定は之を取消す、西口正次の死亡は業務上の事由に基くものであることを確認する、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として原告の亡夫西口正次は生前労働者災害補償保険法第三条所定の強制適用事業に属する関西配電株式会社吹田配電局の従業員であつたが昭和二十六年九月二十二日自己の業務に属する同会社山崎配電線六沢配電線の設備工事中伐採した山林の損害の補償交渉の為昭和二十六年九月二十二日命令を受け同日午前九時頃同会社高槻営業所を自転車で出発し大阪府三島郡島本町大字尺代大西又一方に出張し同人と右補償交渉を遂げ再び自転車で右営業所へ引返す途上同日正午頃同郡同町大字東大寺所在建設省採石場附近の道路を南進し、岩谷橋の手前附近に差しかゝつた際之を追い抜かんとして後方より進行して来た訴外川尻竜蔵運転の普通貨物自動車(大第八六六八号)に接触せられその衝撃により正次は自転車諸共地上顛倒せしめられ跨間裂傷により即時死亡するに至つたものであるとて右正次の死亡は右貨物の運転手の過失に因る業務上の死亡であるからその配偶者(妻)たる原告は所轄茨木労働基準監督署長に右死亡に因る災害補償を請求したところ昭和二十六年十二月十七日同署長は業務外死亡の保険給付に関する決定を為したので原告は直ちに大阪労働基準局保険審査官に審査の請求を為しその決定に対し更に被告に審査請求したところ被告は昭和二十八年五月二十日附で西口正次は業務外の事由で死亡したとの理由で原告の請求を認めない旨の審査決定をし、同決定書は同年六月十二日原告に送達された。然し乍ら同人の死亡は前記の如き事情による業務上の事由に因るものであるから被告の為した右決定は違法である。よつてこれが取消と正次の死亡が業務上の事由に基くものであることの確認を求める為本訴に及ぶと述べ、

被告指定代理人等は主文第一項同旨の判決を求め、答弁として、原告主張の請求原因事実中、原告の配偶者亡西口正次が生前関西配電株式会社吹田配電局の従業員であつたこと、同人が業務のため昭和二十六年九月二十二日自転車で当時の勤務地たる右会社高槻営業所を出発し大阪府三島郡島本町大字尺代大西又一方に出張め上再び自転車で右高槻営業所へ引返す途中同日正午頃同郡同町大字東大寺岩谷橋先附近道路上で原告主張の貨物自動車との衝突事故を生じ同日死亡したこと、原告がその主張のように保険給付の請求保険審査官に対する審査請求及び被告に対する審査の請求をしたが夫々その主張のような決定がなされ、被告の審査決定書がその主張の日に原告に送達せられたことは認めるが右正次が死亡するに至つたその余の事情及び死亡の原因、同人の死亡が業務上の事由に因るものなることは否認する。即ち亡西口正次は業務上の出張先である前記大西又一方で用向を達し帰所せんとして偶自宅で物干の支柱に使用するため同人から檜丸太長さ約五米のもの二本を貰い受け、これを自己の自転軍の両脇に水平にして藁縄で前方をハンドルの後方を荷物台の各下部に吊り下げる様にして結び着け、その上に跨つて辛うじてペタルを踏み得る状態で乗車し帰路に就き前記島本町東大寺岩谷橋の手前に差しかかつた際、高槻市田町二百二十四番地石井材木店所有訴外川尻竜蔵運転のニッサン型貨物自動軍(大八六六八号)が木材を積載して正次の後方より進行し来り、同自動車は前方を自転車に乗車して前進していた右正次を認めて警笛を吹鳴し乍ら徐行し更に同人を追抜こうとした瞬間、右自動車に同乗していた助手から大声で注意を与え正次が急に自転車のハンドルを左に切つたため右自転車に結び着けてあつた前記丸太の後半分が強く且つ大きく右に転じその後端が右自動車の側面に激突すると同時に丸太は激しく右前方にはねられ右丸太と自転車の間が急激に開いた結果、丸太に跨り乗車中の正次は股を裟かれたのみならず右激突の反動により自転車から転落の際頭部を右自動車の車体に打ち付けこれに因り同日正午過頃死亡するに至つた。而して業務中の災害であるがためには災害が業務に起因しまたは業務と相当因果関係が存することを必要とするものと解すべきであるところ、右の如く正次は長尺の檜丸太を甚だしく危険な状態で自転車に結びつけてこれを携行し乗車した結果右丸太の後端を貨物自動車にはねられた為顛倒死亡するに至つたものであり従つて該丸太の携行乗車が右災害の直接の原因をなし、これなかりせば右災害を免かれ得た筈のものであるとともに右丸太を携行して乗車するが如きことは正次の業務とは何等の関係なく、社会通念上も労働者がその業務遂行中に携行すること許される私用物としての妥当な範囲を超えるものであるから、本件災害は正次の業務と因果関係なく、これを業務上の事由によるものと言い得ない。よつて原告の本訴請求は失当であると述べ、

立証〈省略〉

理由

原告の配偶者西口正次は関西配電株式会社の従業員であつたがその業務のため昭和二十六年九月二十二日自転車で当時の勤務地たる吹田配電局高槻営業所を出発し大阪府三島郡島本町大字尺代大西又一方に出張の上再び自転車で右高木営業所へ引返す途中、同日正午頃同郡同町大字東大寺岩谷橋先附近道路上で貨物自動車との衝突事故に遭い同日死亡したこと及び茨木労働基準監督署長、大阪労働基準局保険審査官並びに被告が正次の死亡を業務外によるものと認定して原告主張のような決定をしたことはいずれも当事者間に争がない。

原告は正次の死亡が業務上の事由に因るものである旨主張するので按ずるに、いずれも成立に争のない甲第一号証、第四号証、第五号証の一乃至三、第六号証及び証人田中荘八、同大西又一、同野村三千介、町野村忠人の各証言に検証の結果を綜合すると亡西口正次は同日右大西又一方で用務を終えた後自宅で物干の支柱に使用するため同人から丸太長さ四・四五米及び四・九〇米、各切格の周囲三十糎前後のもの二本を貰い受け、これを自己の自転車の両側に一本宛夫々切株を先きにし略々水平になるようにして藁縄で前方をハンドルに吊り下げ後方を荷台に括り付け、丸太の両端を自転車の前方及び後方に夫々張り出させて積載して右又一方を出てその際又一は丸太の重量の為乗車することの危険なることを注意したに拘らず正次はその後、乗車し辛うじてペタルを踏み得る状態で水無瀬川に沿うて進行し同日正午頃前記島本町大字東大寺岩谷橋先道路(幅員約七米)中央稍左寄りを西方より東に進行し本件事故現場附近に差しかゝつたところ当時その附近には建設省淀川護岸工事用の採石場があり道の半分近く砂利推積し正次は幅員七米の道の略中央部を進行していたもので偶訴外川尻竜蔵運転の普通貨物自動車(大第八六六八号)が正次の後方より右道路の中央部を時速二十粁の速度で同方向に進行し来り、前方に同人を発見し警音器を吹鳴し乍らこれに追進しその後方数米に近接したに拘らず正次が依然道路の同位置を進行し避難する気配を示さなかつたのでその速力を時速七、八粁に減速すると同時に自転車の右側に出て追越さんとしてこれと約三十糎の間隔を置いて並行し同乗の助手訴外岩善明が大声で正次に危険を告げた瞬間、左寄りに避譲しようとした正次の自転車の前輪が左方に操向せられたため自ら車体の後部が右方に振られた結果その後方に張り出した車体右側の檜丸太の後端に該自動車後部左側の車輪が突当り、その勢いで該檜丸太は前方にはねられ自転車との間隔が急に開いたため、これに跨つて乗車していた正次はその衝撃により自転車と共に顛倒せしめられた後頭部を強打すると同時に右大腿部及び下腹部を引裂かれ因て後頭部脳挫傷及び内臓脱出等に因り即日死亡するに至つたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。而して右認定の如く前記貨物自動車は自転車に檜丸太を積載の上これに乗車し進行中の正次を後方よりその右側に進んで追越さんとして僅少の間隔を置いて並行した際、左寄りに避譲しようとした正次の自転車の前輪が左方に操向せられそのため車体の後部が自然に右方に振られた結果その後方に張り出されていた檜丸太の後端に右貨物自動車後部左側の車輪が突き当つたことに因り前記災害を惹起したものであるから、自動車運転者がかような追越の場合の車輪運転上の注意義務の履践を怠つた点があつたにしても右過失の一事に因り本件災害を招来したものでなく、正次において前記私用の檜丸太を自転車に積載、乗車することがなかつたならば、前記事故発生当時他に該自転車の安定と操向の自由の障礙となるべき特段の事情を認め得ない本件においては、同人自身避譲の際その進退を誤ることなく災害の発生を避け得たであろうことが明白である。然るに

右事故は正次の前叙の通り業務として前記大西方へ自転車で出張し用務を終えた上再び自転車で職場へ引返す途上発生したものであり、従つてその限りにおいて同人はなお業務に従事中であつたものと言うことが出来るが、正次が携行していた前記檜丸太は同人が自己の個人的用途に充てる為め出張先で貰い受けて職場へ復帰の機会を利用して自宅へ持帰るべく自転車に積載せられたものであつて、右檜丸太の携行自体は正次の前記業務の遂行と何等の関係もなく、また業務に従事中に通常携帯を認容せらるべき私用物の範囲内に属するものと言うを得ないのみならず、前認定の如き方法でこれを積載した自転車に乗車するが如きはそのために車輌の安定を阻害せられ操向の自由を著しく妨げられること疑いの余地なく、同人の本来の業務遂行の状態に含まれる危険性が一般に道路または交通機関の利用に伴う通常の交通危険の程度を出でないことと対比するときは、畢竟正次は業務に従事中右業務と関係なき行為により任意に該業務の危険性と別個の交通上最も危険な状態を作出し、その結果前叙の如く離合の際の避譲の措置を誤り前記貨物自動車運転者の過失と相俟つて本件災害を惹起せしめたものであるから、右災害は事故発生当時の正次の業務に因り通常発生すべき範囲内のものと解するを得ず、右業務とは因果関係がないと認めるのが妥当である。従つて、被告が正次の死亡を業務外のものと認定し、原告の審査の請求を認めない旨の決定をしたのは正当であつて、原告の請求は理由がない。

なお、原告は、その請求の趣旨第二項において原告の配偶者西口正次の死亡は業務上の事由にもとずくものであることの確認を求めているのでこの点について判断するに確認の訴においては、権利、又は法律関係の現在における存否をその目的としなければならないものであるところ原告の右請求は単に事実の確認を求めるにすぎないというべきであるから確認の利益がないとして棄却されねばならない。よつて原告の本訴請求はいずれも理由がないので、これを棄却することとし訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用した上、主文の通り判決する。

(裁判官 藤城虎雄 松浦豊久 岡村利男)

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